SaaSの広告でトライアル登録は増えたのに有料化しない:CVを有料転換に寄せる設計
トライアル登録が月120件、前年の3倍。ところが有料プランに切り替わったのは9件で、前年の10件を下回っていた。SaaSの広告でこの形の相談を受ける頻度はここ2年で明らかに増えていて、管理画面の数字はすべて改善しているのに、月次の売上会議では前年割れの説明を求められる、という状態です。
原因のほとんどは、広告の巧拙ではなくコンバージョン(CV、問い合わせや購入などの成果地点のこと)をどこに置いたかにあります。登録のハードルは低いです。無料トライアルは、検討の浅い人ほど押します。そして自動入札は与えられたCVを最も安く集める方向に働くので、両者が噛み合うと登録単価は下がり続け、有料転換率は下がり続けます。BtoBのリード獲得全般の型は「BtoBリスティング広告の設計」にまとめてあるので、ここではトライアル型のSaaS固有の話に絞ります。
この記事の要点
- トライアル登録をCVにすると、登録単価は下がるのに有料転換が減るという逆行が起きやすい
- CVは「登録」から「有効な利用開始」「商談化」「有料化」へ、段階的に後ろへずらす
- 「◯◯ 比較」「◯◯ 代替」「競合名」は検討段階が深く、単価が高くても割に合うことが多い
- 許容できるCAC(有料顧客1件を獲得するのにかかった費用)は、LTV(顧客生涯価値)から逆算する。登録単価ではなく、有料1件あたりの広告費で判断する
1. トライアル登録という指標の罠
無料トライアルはSaaSの購買プロセスの中では入口に近い行動で、名刺代わりにメールアドレスを入れて中を覗く人もいれば、競合調査で登録する同業もいます。その全部が同じ1件としてカウントされます。
ここに自動入札が加わると、事態が進みます。目標コンバージョン単価を設定すると、システムは目標の単価で最も多くCVを取れる面と語に予算を寄せますが、トライアル登録という行動は情報収集層のほうが押しやすいものです。結果として、検討の浅いユーザーが多い検索語やオーディエンスに配信が集まっていきます。これは自動入札の不具合ではなく、指示どおりの動きです。
症状は数字にはっきり出ます。登録数は右肩上がり、登録単価は下降、ところが有料転換率だけが静かに落ちていくのですが、この転換率は広告の管理画面には出てこないので、社内の別のダッシュボードを見る人しか気づけません。営業やカスタマーサクセスの側では「最近の登録は連絡がつかない」「業務で使う想定がない人が多い」という実感が先に立っているのに、マーケティング側の報告は好調のまま、という食い違いもよく起きます。
もう1つ厄介なのは、この状態が長引くほど自動入札の学習データが偏っていくことで、転換しない登録を数千件積み上げたアカウントは、そのパターンを「良いCV」として覚えています。あとからCVを差し替えても、しばらくは前の癖を引きずります。早く気づくほど、直すコストは小さくなります。
2. CVを有料化の側へずらす
原則はひとつです。CVを購買に近い地点へ移すことです。ただし一足飛びに「有料契約」をCVにすると、件数が少なすぎて自動入札が学習できません。段階を踏みます。
| 段階 | CVの置き方 | 必要な件数の目安 |
|---|---|---|
| 入口 | トライアル登録(補助指標に降格) | 制限なし |
| 中間 | 初期設定の完了、データ投入、2人目の招待など「使い始めた」行動 | 月30件前後 |
| 商談 | デモ依頼、見積り依頼、営業との打ち合わせ設定 | 月15件前後 |
| 成約 | 有料プランへの切り替え(オフラインCVで送り返す) | 月10件以上あれば |
実務で最初に取り組む価値が高いのは中間の「使い始めた」行動で、プロダクト側で1つイベントを定義するだけで済み、件数も比較的たまります。どの行動を選ぶかは、有料転換したユーザーが登録後に共通してやっていることを、既存の顧客データから探すのが早道です。データ連携を1件でも入れたユーザーの転換率が、入れていないユーザーの4倍だった、といった差が見つかれば、それがCVの候補になります。
同じくらい効く場所があります。トライアルの入口の設計です。クレジットカードの登録を求めるかどうか、期間を14日にするか30日にするか、営業からの連絡を必須にするか。カード登録を求める形にすると登録数は目に見えて落ちますが残った登録の有料転換率は上がるので、広告の設定を触る前に、プロダクト側のこの条件が今の目標に合っているかを確かめておくと後の議論が噛み合います。
成約をCVに戻す方法もあります。登録時のクリック識別子を顧客管理システムに保存し、有料化した時点で広告側に送り返す仕組みで、手順の考え方は「オフラインコンバージョンで広告に質を返す手順」に書きました。件数が足りない場合は、段階ごとに違う金額を設定して値ベースの入札に寄せるやり方もあり、設計は「コンバージョン値の設計」が参考になります。
3. 比較・代替・競合指名のキーワード
SaaSの検索には購買プロセスの段階がそのまま現れ、段階が深い語ほどクリック単価は高くなりますが、有料転換率の差がそれを上回ることが多いです。
| 段階 | 検索語の例 | 扱い方 |
|---|---|---|
| 課題認識 | 勤怠管理 エクセル 限界/請求書 発行 手作業 | 資料ダウンロードで受ける。トライアルには直結させない |
| カテゴリ検討 | 勤怠管理システム 中小企業/経費精算 クラウド 比較 | 主力。比較表を載せたページに送る |
| 乗り換え検討 | ◯◯ 代替/◯◯ 移行/◯◯ 解約 タイミング | 単価は高いが転換率も高い。移行支援の訴求を用意する |
| 競合指名 | 競合サービス名/競合名 料金 | 広告文に他社名を書かない。品質スコアが低く単価が上がりやすい |
「代替」と「移行」の語はSaaSならではの鉱脈で、すでに他社ツールを使っていて不満を持っている担当者は、課題も予算も稟議の道筋も持っています。検索量は多くありませんが、たどり着いた先に移行の手順やデータの引き継ぎ方を具体的に書いておくと、そのまま商談になります。
競合指名については、法務面と運用面の両方で注意が必要です。広告文やLP(広告のリンク先ページ)に他社の商標を書く行為は、媒体のポリシーや商標権の問題に触れる可能性があります。キーワードとして買うことと広告文に書くことは別の話なので実務では「買うが書かない」が基本ですが、個別の可否は媒体のポリシーと自社の法務に確認してください。運用面では、他社名で検索した人に自社のLPを見せても「広告の関連性」が低く評価されがちで、品質スコアが下がってクリック単価が高止まりしますが、比較コンテンツを用意しておくとこの点は多少改善します。
段階の違う語を1つのキャンペーンに混ぜたまま、CVをトライアル登録に置いていると、どの段階の語が有料化に効いているのかは管理画面から読み取れません。材料がないからです。削る語も増やす語も、勘で決めることになります。噛み合わせを確かめるには、キーワードの構造とCVの定義と、社内にしかない有料転換率を、同じ机の上に並べる必要があります。
※ 登録は増えたのに売上が伸びていない方へ ― どの検索語からの登録が有料化しているかは、アカウントとCVの設定を並べれば切り分けられます。実際の診断レポートのサンプル(無料)を用意しています。
4. CACとLTVから許容できる金額を出す
ここまでの話を数字で確かめます。CAC(顧客獲得コスト、有料顧客1件を獲得するのにかかった費用)とLTV(顧客生涯価値)の関係で見ると、登録単価の安さがいかに当てにならないかが分かります。
前提を置きます。月額12,000円のプラン、粗利率80%なので月あたりの粗利は9,600円。平均の継続期間を24カ月とすると、1顧客あたりのLTVは粗利ベースで9,600円×24=230,400円です。SaaSの世界ではLTVがCACの3倍あれば健全という目安がよく使われるので、許容できるCACは230,400円÷3=76,800円になります。
| 項目 | A:検討段階の語を中心に | B:登録単価を最優先 |
|---|---|---|
| 月の広告費 | 60万円 | 60万円 |
| トライアル登録/登録単価 | 120件/5,000円 | 300件/2,000円 |
| 有料転換率/有料件数 | 8%/9.6件 | 2%/6件 |
| CAC | 62,500円 | 100,000円 |
| LTVとの比率 | 3.7倍(許容内) | 2.3倍(許容を超過) |
| 粗利での回収期間 | 約6.5カ月 | 約10.4カ月 |
Bは登録単価がAの4割で、登録数は2.5倍です。広告の管理画面で見えるのはこの2つの数字だけなのでBは間違いなく「改善した」と報告されますが、CACは1.6倍に膨らみ、許容ラインの76,800円を超えています。回収期間も4カ月伸びる。60万円という同じ金額を使って、AとBでこれだけ結果が変わります。
回収期間は資金繰りに直結する数字なので経営者の方はこちらのほうがピンとくるかもしれませんが、CAC62,500円を月粗利9,600円で割ると6.5カ月、CAC100,000円なら10.4カ月です。成長のために広告費を先行投資する事業では、この差が採用や開発の余力に跳ね返ります。
5. リード獲得型のBtoBとの違い
設計が違います。同じBtoBでも、SaaSのトライアル型と、資料請求から営業が追いかけるリード獲得型では、広告の組み立て方が変わります。リード獲得型では、CVから受注までの間に人が介在します。営業が電話をかけ、商談し、提案する。だからリードの質が多少ばらついても、営業側の選別でカバーできる余地があります。一方トライアル型は登録から有料化までの過程にほとんど人が入らず、プロダクトの中でユーザーが自走するので、最初に来る人が合っていなければそのまま脱落します。CVの置き場所がリード獲得型より厳しく効いてくるのは、この構造の違いによります。
もう1つの違いは時間です。失敗が見えるまでが長い。リード獲得型なら商談化しないリードは営業から2週間で苦情が来ますが、トライアル型は14日や30日の期間を待ち、その後の請求サイクルまで見ないと有料化しないと分かりません。遅れは実質2カ月から3カ月です。その間に配信は進み続けます。定点で確認する仕組みを最初から組んでおかないと、気づいたときには半年ぶんの予算が偏った学習に使われている、ということが起こります。
6. 見えている数字だけでは判断できない部分
ここまでの内容は社内で完結できるものとそうでないものに分かれ、CVをどこに置くか、どの行動を有効な利用開始と定義するかは、プロダクトと顧客を知っている自社にしか決められません。ここは外注できません。
一方で、決めたCVが管理画面で正しく設定されているか、自動入札が古いCVのデータを引きずっていないか、除外が足りているか、キャンペーンの構造が段階ごとの語を混ぜていないか。この種の確認は管理画面の中を通しで読む作業で、社内のマーケティング担当が本業のかたわらでやるには手間がかかりすぎます。運用を代理店に任せている場合も、代理店が見ているのは管理画面の中までで、有料転換率は社内のデータベースの側にあるため、両方を突き合わせる人がいないまま数カ月が過ぎることがよくあります。
外部にアカウントを見てもらう場合、読み取り専用(閲覧のみ)の権限だけで確認は完結し、トライアルの計測に手を入れることはありませんし、プロダクト側のイベント定義もそのままで、状態の確認だけができます。依頼するときは「CVの設定と入札の目標が、有料転換の実態と噛み合っているかを見てほしい」と伝えると、答えが具体的になります。手元の有料転換率のデータを一緒に渡せば、なお絞り込めます。
トライアル登録の数を追うこと自体が悪いわけではありません。問題はその数を追う仕組みが、追ってはいけない方向へ自動的に進む力を持っていることで、その力に引きずられているかどうかは、同じ数字を毎月見ている人にはいちばん見えません。CVをどこに置くかは自社で決める。決めた結果が配信の実態と噛み合っているかの採点は、半年に一度でいいので手元の外に出す。この分担にしておけば、気づいたときには半年ぶんの予算が偏っていた、という事故は起きにくくなります。
※ CVの置き場所を見直したい方へ ― 現状の設定が有料転換とどこでずれているかを、外の目で確認できます。診断レポートのサンプル(無料)をご覧ください。
よくある質問
Q. 有料化をCVにしたいのですが、件数が月5件しかありません。
A. その件数では自動入札の目標には使えません。有料化はレポート上の参考指標として残しつつ、入札の目標には中間の行動を置いてください。初期設定の完了やデータ連携の実行など、有料転換したユーザーが高い確率で通る行動を1つ選び、それを主CVにします。件数が月30件前後たまるなら、自動入札が学習できる水準です。有料化の件数が増えてきたら、そのタイミングで目標を後ろへずらします。
Q. 競合の名前で広告を出されています。対抗すべきでしょうか。
A. 自社名の指名検索に自社の広告を出しているかを先に確認してください。ここを空けたまま競合の対抗を考えるのは順番が逆です。自社の指名を押さえたうえで、競合名での出稿は費用対効果を見ながら小さく試すのが現実的です。他社名の検索から来た人が求めているのは比較材料なので、自社の売り文句だけを並べたLPでは離脱します。機能と料金を並べた比較ページを用意できるかどうかで、成立するかが変わります。
この記事の執筆者:アドサプリ運営チーム(運営:ライムクロス株式会社)。現役の広告運用者が、月次の広告アカウント診断「アドサプリ」を提供しています。
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